第89回 認知症介護 NHKスペシャル「シリーズ 人生100年時代を生きる」その2

 NHKスペシャル「シリーズ 人生100年時代を生きる」の第1回が、昨日(2018年11月17日)放送され、私も見ました。

 第1回の昨日は「終(つい)の住処(すみか)はどこに」というテーマでした。

 30万人を超えるとされる「特別養護老人ホーム(特養)」の待機者、国は施設の担い手を「官から民」へと転換しようとしており、その切り札として導入されたのが、「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」です。

 その「サ高住」の現場では様々な矛盾が表面化しています。

 認知症高齢者が当初の想定よりずっと増えているというのです。

 要介護度は低くても、徘徊や幻視幻聴などがある入居者たちの対応に、施設が追われているのです。

 施設長は社長にスタッフの増員を求めますが、経営が成り立たなくなると渋られます。

 この施設長とは別の、もう一人の施設長が印象的でした。

 病院に退院予定の患者さんを紹介してほしいという電話をしているのです。

 「できれば要介護3くらいの人をお願いします」というように。

 要介護度が高く、寝たきりに近いほうが、介護スタッフの方の負担が少ないからのようです。

 そして、それ以上に要介護度の高い方のほうが、施設に入る収入が増えるからのようです。

 要介護度が高ければ高いほど、介護保険で使えるサービスの金額が増える仕組みだからです。

 「特別養護老人ホーム」に入るには、要介護3以上である必要があるため、要介護1や要介護2の方たちが「サ高住」には多くなっているのです。

 私の母は、現在は要介護4で車いす生活ですが、グループホームに入る以前は要介護2でした。

 グループホームに入る以前は、徘徊があったり、幻視幻聴の訴えがあったりしました。

 車いす生活となった今は、動き回ることはないものの、手づかみでご飯を食べるなど、以前とは違う大変さがあると思います。

 介護するのにどちらが大変かは決めがたいです。

 病院に退院予定の患者さんを紹介してほしいという電話をしていた施設長は、スポーツ選手の仲介をするブローカーのようでもあり、空室を埋めようとするアパート経営者のようでもありました。

 施設長にしてみれば、ボランティアではなく経営なのだから仕方ない、介護保険の仕組みが悪いという気持ちでしょう。

 その施設長は入居者を選別し、しかも、次の長期入居者が見つかれば出ていってもらうという短期の契約をしているのです。

 夫婦ともに要介護の方が、短期契約が終わり、「ここにずっといたい」と言いながらも、追い出されるように施設を出ていく様子は、哀れでした。

 こうした「介護難民」とも言えそうな人々が、これからますます増えていくことが予想されます。

 NHKスペシャル「シリーズ 人生100年時代を生きる」、第2回の今日は「命の終わりと向き合うとき」というタイトルで「終末期医療」がテーマです。

 私も必ず見ます。

 第2回についても、詳しくはNHKのホームページをご覧ください。

 NHKスペシャル第2回「命の終わりと向き合うとき」

第41回 認知症介護 徘徊SOSネットワーク 

 2014年4月、母の徘徊が始まりました。

 始まったといっても、何度もあったわけではありません。

 デイサービスを利用していた母は、迎えが来てくれるのに、なぜか自分で歩いていこうという気になったらしく、家族が知らないうちに、出かけてしまっていたのでした。

 デイサービスの迎えが来る少し前に、母のいないことに私が気付き、慌てて家の中、家の周囲を探しましたが見つかりません。

 すぐにケアマネジャーのNさんに電話しました。

 デイサービスにも電話しました。

 交番にも電話しました。

 私は職場に電話して、事情を話し、遅刻する旨を伝え、車で母を探し始めました。

 以前テレビで見た徘徊の特集番組で、家のすぐ近くの溝にはまって亡くなっていた認知症患者がいたことが頭をよぎりました。

 母は足腰が強く、5㎞ほど離れた駅まで歩くこともある人でしたし、肩を骨折した時も、その駅まで歩いていこうとしていたのを思い出しました。

 そこで、家から駅まで歩くとしたらこの道だろう、と見当を付けて、そこを中心に探しました。

 探し始めて2時間ほど経った頃でした。

 デイサービス「○○○○」の所長さんから「見つかった」という連絡をいただきました。

 他の人の送迎中に見かけて車に乗せてきたと。

 見つけた場所は駅とはまるで逆方向に数キロ歩いた場所でした。

 道が分からなくなり、曲がる方向を間違えて、そのままずんずん歩いて行ったに違いありません。

 ケアマネジャーのNさんの勧めで、すぐにその日、市役所にある「徘徊SOSネットワーク」に登録してきました。

 靴に貼る、識別番号の印字してあるシールをもらいました。

 そのシールが靴に貼ってあれば、徘徊してどこかで見つかっても、その識別番号で誰かが分かるというものです。

 しかし、そのシールを私が貼っても、母がはがしてしまうことも数回ありました。

 そりゃそうです。

 母が「何か変なものがついている、こんなのはがしてしまえ」と思っても不思議ではありません。

 そのシールのおかげで助かったということはありませんでした。

 システムやシールが悪いわけではありません。

 母の徘徊が2度しかなかったからです。

 2014年5月のこの日のメモは前半が徘徊と「徘徊SOSネットワーク」について、後半がショートステイについて書いていますので、今回と次回に分けます。

2014年5月○日前半

・今日からデイサービスの「○○○○」へは、一郎が7:20に送っていくのを基本とした。

 一郎が送れない場合は前もって「○○○○」に連絡し、迎えに来てもらうこととする。

 4月○日、母の徘徊が始まった。

 「○○○○」に歩いて行こうとして、おそらく7:00頃に出ていった。

 7:30頃に一郎が気づき、ケアマネジャーのNさん、デイサービスの「○○○○」、近所の交番に連絡して探し始めた。

 10:00頃に「○○○○」の所長さんが、ほかの人の送迎の途中、U町で発見し、「○○○○」に連れて行ってくれた。

 見つかったのは「○○○○」とは逆の方向で、意外だった。

 4月△日には、一郎が市役所に行き、「徘徊SOSネットワーク」に登録してきた。

 5月△日に2回目の徘徊。

 一郎が出かけた後、妻が気づき、探し始めた。

 やはり「○○○○」に歩いて行こうとしたらしい。

 「○○○○」の送迎の方が、団地の出口にある老人介護施設の前で発見し、「○○○○」に連れて行ってくれた。

 8:00に一郎が妻から連絡をもらい、8:30には発見してもらえた。