第12回 認知症介護 お正月

 あけましておめでとうございます。

 昨年のお正月は、グループホームに外出届を出して、母を家に連れて帰りました。

 1月1日の10時から14時までの6時間ほどを、母は家で過ごしました。

 母を迎えに行ったとき、グループホームには多くの利用者さんがいらっしゃいました。

 家族が迎えに来ていない、ということです。

 そして、その方々をお世話するために、スタッフの方は働いていました。

 スタッフの方々には本当に頭が下がります。ありがとうございます。

 一昨年のお正月も昨年と同様に、母を迎えに行き、母は数時間ですが家に帰って家族と一緒に過ごしました。

 しかし、今年は迎えに行きませんでした。

 私がもう難しいと感じたからです。

 ここでもやはり「母さん、ごめん。」です。

 そしてまた、「明るく、明るく、走るのよー」と心の中で歌うのです。

 この一年が皆様にとって幸多き一年になりますように、心よりお祈り申しあげます。

 そして、このブログが、認知症介護に携わっている方のほんの少しでも支えになってくれれば、と願います。

 これは、1月1日に公開する予定で書いたものです。

第11回 認知症介護 どんな本を読んだか

 母がどうやら認知症だと分かったときに、私がしたことは色々あります。

 遠くに住んでいる姉や兄に、母の様子や病院で言われたことを伝えておくこと。

 地域包括支援センターなどに相談して、孤立しないようにすること。

 3人の子どもたちや妻にも母の現状や考えられる近い将来を話して、協力してもらうこと。

 そして、まずは何より認知症について知ることだと考えた私は、認知症関連の書籍を買ってきて一生懸命読みました。

 2012年3月のメモに、どんな本を読んだかが記してあります。

2012年3月○日

・和田秀樹『人生を狂わせずに親の「老い」とつき合う』(講談社+α新書)読了。

 今の状況にヒントを与えてくれるぴったりの本だった。

 「介護崩壊」の現状や、介護保険の利用の仕方、成人後見人についてなど、得るところは多かった。

 介護の認定は早めに受けておいた方がよさそうだ。

 今なら要支援1かもしれないが。

 法定後見制度の「保佐」「補助」でも、任意後見制度でも検討してよさそうだ。

 母の病気の関係だけではないが、この1~2年で読んだ医療関係の本は、下記のものがある。

① 久坂部羊『大学病院のウラは墓場』(幻冬舎新書)
② 久坂部羊『日本人の死に時』(幻冬舎新書)
③ 白澤卓二『決定版 100歳まで大病しない108の習慣』(角川SSC新書)
④ 吉田たかよし『日本人の命を奪う6つの病気と誰でもすぐできる66の健康法!』(角川SSC新書)
⑤ 米山公啓『認知症は予防できる』(ちくま新書)
⑥ 小阪憲司・須貝佑一『認知症の最新治療法』(洋泉社)
⑦ 中村仁一『往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書)
⑧ 和田秀樹『人生を狂わせずに親の「老い」とつき合う』(講談社+α新書)

 2017年12月、最近買った本では松浦晋也さんの『母さん、ごめん。-50代独身男の介護奮戦記-』(日経BP社)があります。

 この本は、まだ目次くらいしか読んでいませんが、松浦さんは私と年齢がとても近く、松浦さんが介護するお母さんの年齢も私の母ととても近く、そしてたどった経過も共通するところが多く、共感するところが多そうだと感じています。

 何よりタイトルの「母さん、ごめん。」この思いに共感します。

 「第1回 認知症介護 母への思い」で書きましたが、介護の日常で母への感謝を思うこと、母への感謝を自分に言い聞かせることはしょっちゅうでした。

 「母さん、ありがとう。」

 でも、これまでも、そして、おそらくこれからも母の介護を思うとき、まず頭に浮かぶのは「母さん、ごめん。」だと思うのです。

第10回 認知症介護 地域包括支援センターで相談

 「地域包括支援センター」に私が初めて行ったのは、母が認知症の検査を受けた翌月、2012年3月のことでした。

 認知症の介護は本当に大変です。

 「老老介護による心中」とか「介護離職」という文字を新聞などで見るたび、他人事とは思えず、心が傷みました。

 そのような時には、「明るく、明るく、走るのよー」と心の中で唱えていました。

 これは「東京のバスガール」という1957年(昭和32年)に発売された流行歌の歌詞の一節です。

 私よりも一回り以上年上の先輩が、以前カラオケで歌っていたのが耳に残っていたのですが、介護においても「明るく、明るく」と心がけようというときに、何度もこの歌詞を心の中で唱えたのでした。

 歌詞もそうですが、その先輩の歌う様子が、少し間が抜けて楽しそうで、その様子を思い浮かべることも、私の介護の助けになりました。

 「地域包括支援センター」に私が初めて行った2012年3月のある日のメモです。

2012年3月○日

・M市第一地域包括支援センターに行き、看護師のSさんに相談してきた。

 2012年1月にM市民文化会館であった「認知症市民フォーラム」でもらってきた資料に、相談はまず「地域包括支援センター」か「M市保健部介護高齢課」に、とあったので、早めに相談しておこうと思った。

 相談の要旨は次の三点。

① 認知症の認定を受けておくべきかどうか。

② 「地域包括支援センター」と「M市保健部介護高齢課」はどう違うのか。

③ 薬を飲まない選択肢も現実的にありうるか。

 ①については、現時点ではどちらともいえない。

 ただ、申請して認定されるまでに30日くらいかかる場合が多いので、転んで怪我をして早く認定してほしいというような場合に、じれったく思うこともあるとのこと。

 早めに申請して、予防のサークルのようなものに行くのも一つの方法。

 O医師と相談してということになるだろうな。

 ②については、基本的にやることは同じ。

 市役所が地域すべてをカバーするには範囲が広いから、センターがそれぞれの地域を受け持つということ。

 市役所からセンターに下ろすことも、センターから市役所に報告することもあり、連携して同じ目的に向かうということらしい。

 ③については、質問するほうも答えるほうも難しい問題だが、「往生したけりゃ医療とかかわるな」(中村仁一、幻冬舎新書)の考えに共感するところがあること、父の最期を見てその思いを強めたことなどを話した。

 共感して聞いてくれた。

 まず、一度母を連れずにOクリニックに相談に行ってみるかな。

 薬をのむかどうか。認定を受けるかどうか。サークルのようなのに参加するよう勧めてみるかどうか。

 母が困った時のために、私の名刺の裏に私と妻の携帯電話の電話番号を書いたものを、母の財布の中に入れておいてもらうことにした。

 その時に活かせるかは分からないが。

 「地域包括支援センター」に早めに相談に行ってよかったと思います。

 この後にケアマネージャーを探すことになりますが、「看護師の資格を持ったケアマネージャーを探すといいですよ」と助言していただいたことで、素晴らしいケアマネさんと出会えることになりました。