第10回 認知症介護 地域包括支援センターで相談

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 「地域包括支援センター」に私が初めて行ったのは、母が認知症の検査を受けた翌月、2012年3月のことでした。

 認知症の介護は本当に大変です。

 「老老介護による心中」とか「介護離職」という文字を新聞などで見るたび、他人事とは思えず、心が傷みました。

 そのような時には、「明るく、明るく、走るのよー」と心の中で唱えていました。

 これは「東京のバスガール」という1957年(昭和32年)に発売された流行歌の歌詞の一節です。

 私よりも一回り以上年上の先輩が、以前カラオケで歌っていたのが耳に残っていたのですが、介護においても「明るく、明るく」と心がけようというときに、何度もこの歌詞を心の中で唱えたのでした。

 歌詞もそうですが、その先輩の歌う様子が、少し間が抜けて楽しそうで、その様子を思い浮かべることも、私の介護の助けになりました。

 「地域包括支援センター」に私が初めて行った2012年3月のある日のメモです。

2012年3月○日

・M市第一地域包括支援センターに行き、看護師のSさんに相談してきた。

 2012年1月にM市民文化会館であった「認知症市民フォーラム」でもらってきた資料に、相談はまず「地域包括支援センター」か「M市保健部介護高齢課」に、とあったので、早めに相談しておこうと思った。

 相談の要旨は次の三点。

① 認知症の認定を受けておくべきかどうか。

② 「地域包括支援センター」と「M市保健部介護高齢課」はどう違うのか。

③ 薬を飲まない選択肢も現実的にありうるか。

 ①については、現時点ではどちらともいえない。

 ただ、申請して認定されるまでに30日くらいかかる場合が多いので、転んで怪我をして早く認定してほしいというような場合に、じれったく思うこともあるとのこと。

 早めに申請して、予防のサークルのようなものに行くのも一つの方法。

 O医師と相談してということになるだろうな。

 ②については、基本的にやることは同じ。

 市役所が地域すべてをカバーするには範囲が広いから、センターがそれぞれの地域を受け持つということ。

 市役所からセンターに下ろすことも、センターから市役所に報告することもあり、連携して同じ目的に向かうということらしい。

 ③については、質問するほうも答えるほうも難しい問題だが、「往生したけりゃ医療とかかわるな」(中村仁一、幻冬舎新書)の考えに共感するところがあること、父の最期を見てその思いを強めたことなどを話した。

 共感して聞いてくれた。

 まず、一度母を連れずにOクリニックに相談に行ってみるかな。

 薬をのむかどうか。認定を受けるかどうか。サークルのようなのに参加するよう勧めてみるかどうか。

 母が困った時のために、私の名刺の裏に私と妻の携帯電話の電話番号を書いたものを、母の財布の中に入れておいてもらうことにした。

 その時に活かせるかは分からないが。

 「地域包括支援センター」に早めに相談に行ってよかったと思います。

 この後にケアマネージャーを探すことになりますが、「看護師の資格を持ったケアマネージャーを探すといいですよ」と助言していただいたことで、素晴らしいケアマネさんと出会えることになりました。

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