第1回 認知症介護 母への思い

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私には忘れられない光景が二つあります。それは、私がこの目で見た光景なのか伝え聞いたのかは定かではありませんが、今でもありありと頭に浮かぶのです。

その一。

私の兄は、小学生の頃、蓄膿症でした。その治療として母は、バスを乗り継いでハリ治療に連れて行っていました。

ある冬の日、一つ目のバスを降りたところで、兄は言いました。

「ここから歩いて行くから肉まんを買って。」

肉まんが食べたい、その分のお金の節約として、バスに乗らずに歩こうと考えたのでしょう。バス停にして二つ、歩けば10分か15分の距離です。しかし、寒い冬のことです。

母は肉まんを買ってやり、バス停二つ分を歩きました。

肉まんを買わない選択もありました。買ってやって、バスに乗っていく方法もありました。しかし、子どもの希望を聞いてやり、考えたことを尊重してやり、そして、子どもと一緒に苦労しました。母はそんな理屈のようなことは考えなかったに違いありません。しかし、私には子育ての最も重要な要素がつまった光景として、頭に焼き付いているのです。

その二。

それは、私が小学校低学年の頃でした。インフルエンザだったのかどうか、今となっては分かりませんが、私は40度を超す熱を出してぐったりしていました。私の熱に気づいた母は、私をおんぶして病院まで10分ほど走ってくれました。冬の夕方のことでした。

どちらも40年以上前のことです。

母は子育てが趣味のような人で、親戚の子もよく預かっていました。

そんな母が数年前認知症と診断され、私も介護の日々を過ごしてきました。

不機嫌になった母をなだめるとき、自分からは洗おうとしなくなった母の髪を洗うとき、頭に浮かぶのはあの二つの光景でした。

肉まんを食べる子どもの手を引いて冬の道を歩く母の姿。そして、熱を出した私をおんぶして病院に走る母の姿。

どれだけ母への感謝があっても、認知症の介護は簡単にはいきません。

認知症に関連する悲しい事件が報道されるたびに胸が痛みます。

このブログが介護に関わる家族の方たちのほんの一助にでもなればと祈ります。

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