第35回 認知症介護 介護認定の調査

 最初の認知症検査から約1年後の2013年2月。

 地域包括支援センターとかかりつけ医の助言に従い、母の介護認定の申請をしました。

 そして、しばらくして調査員が来ました。

 母はいいところを見せようとはりきっているようでした。

 こういうことは介護認定の調査の時にはよくあるようです。

 その気持ちはわかりますよね。

 誰でも悪いところを見せたくないですものね。

 調査員の方は対象者である私の母と話をしたりした後、介護をする私や私の妻の話を聞いてくれました。

 私たちは母の普段の様子を包み隠さず話しました。

2013年2月○日

・介護認定の申請に伴い、市から調査員のYさんが来た。

 9時過ぎから約1時間、話を聞いていかれた。

 前半は母の部屋で、Yさんと母と私の妻と私と四人で、後半はうちのリビングでYさんと私の妻と私と三人で。

 その後、Yさんから電話があった。

 「要介護」に認定されるかどうかはまだ分からない。でも「要支援」にも認定されないということはないから、地域包括支援センターに行って、ケアマネの選定やお風呂の件など、もう相談を始めてもいいですよ、とのことだった。

 認定されるまでにまだ大分時間がかかる(1ヶ月半から2か月と言っていたような)ので。

 この日のメモに出てきた「お風呂の件」というのは、お風呂に手すりなどを付ける工事をするかどうか、ということ。

 介護のために手すりを付けたり、玄関の段差をなくしたりする住宅改修の工事費用は、介護保険で補助金のようなものが出ます。

 「高齢者住宅改修費用助成制度」といいます。

 私の所では結局その制度を使うことはありませんでしたが、これよりもう少し後、母の状況が悪くなったときに、簡易トイレをベッドの横に設置することを考えたことはありました。

 それについてはまた別のところで触れるかもしれません。

第13回 認知症介護 かかりつけ医への相談

 母のかかりつけ医はO医師という女医さんでした。

 O医師は母のお気に入りで、私が母をM市に招き寄せてからずっとお世話になっていました。

 父が亡くなる数日前、私が「もう延命のための治療は終わりにしたい」と相談に行ったのも、O医師のところでした。

 そのO医師に相談に行った日のメモです。

2012年3月○日

・母は続けてI整骨院に通っている。

 医療費がかさむことが考えられるので、確定申告用に領収書をもらうようにした。

 これまでの分はまとめてもらって、これからの分は毎回出してもらうようにお願いした。

 母は帰ってきて領収書もらうのを忘れたと言っていたが、棚の中に入っていた。

 昨晩は「腰が痛くて眠れなかったから眠れない薬を飲んだ」と言っていたので、痛み止めの薬を飲むかと聞いたら、「痛み止めの薬があるの」と聞いてきた。

 薬のことはどれくらい把握しているのだろうか。

 次女の夏子が「おばあちゃんラーメンばっかり食べているよ」と言っていたらしい。

 母に朝食昼食のことを聞いてみたら、「作るのはきらいではないから、魚やいたり煮物作ったりして、ちゃんと食べてるよ」とのこと。

 ヨーグルトも毎朝食べ、今は通事も毎日あるとのこと。

 夕食で結構食べているので、朝昼は少しでいいと思うけれど、どんな食事をしているかは、少し気をつけていかないといけないかもしれない。

 あまりあれこれ言うのもどうかと思うけど。

・Oクリニックに私一人で行ってきた。

 ①認知症の薬を飲むかどうか、②介護の認定を受けておいた方がいいか、③成年後見制度の申請をしておいたほうがいいか、この3点を相談した。

 ①については飲む方向で。私自身は躊躇がやはりあるが。母に相談しにくいのがつらい。

 A病院のO先生がかかりつけ医のO医師に書いた手紙には、「長男さんが納得していないようだったのでその場では薬を処方できなかった」とあったようだ。

 A病院での検査結果と、O先生からO医師への手紙のコピーはくれた。

 ②については、認定してもらうのもいいが、役所の人が要介護度の調査に来るので、母が嬉しくないかもしれず、しばらく様子を見てもいいのでは、という雰囲気だった。

 ③についても、するなら兄弟でよく話し合って、弁護士とかに相談したうえでした方がいいとの助言。

 誰が後見人になるかでもめることがあるらしい。

 そりゃそうだろうな。財産がからむから。

 ②についての「ケアマネージャーを選ぶ際には、元看護士を選ぶ方がいい」という助言は生かせそうだ。

 母は特別料理が得意だったわけではありませんが、身の回りのことはきちんとする人でした。

 このころ、母の夕食は、私の妻や子どもと一緒に食べていました。

 ただ、朝食と昼食を母がどうしているのかには、あまり注意が向いていませんでした。

 結局、この後、認知症の薬は飲むことにしていきました。

 認知症の認定も受けることにしました。

 成年後見制度については、2017年現在も申請していません。

第10回 認知症介護 地域包括支援センターで相談

 「地域包括支援センター」に私が初めて行ったのは、母が認知症の検査を受けた翌月、2012年3月のことでした。

 認知症の介護は本当に大変です。

 「老老介護による心中」とか「介護離職」という文字を新聞などで見るたび、他人事とは思えず、心が傷みました。

 そのような時には、「明るく、明るく、走るのよー」と心の中で唱えていました。

 これは「東京のバスガール」という1957年(昭和32年)に発売された流行歌の歌詞の一節です。

 私よりも一回り以上年上の先輩が、以前カラオケで歌っていたのが耳に残っていたのですが、介護においても「明るく、明るく」と心がけようというときに、何度もこの歌詞を心の中で唱えたのでした。

 歌詞もそうですが、その先輩の歌う様子が、少し間が抜けて楽しそうで、その様子を思い浮かべることも、私の介護の助けになりました。

 「地域包括支援センター」に私が初めて行った2012年3月のある日のメモです。

2012年3月○日

・M市第一地域包括支援センターに行き、看護師のSさんに相談してきた。

 2012年1月にM市民文化会館であった「認知症市民フォーラム」でもらってきた資料に、相談はまず「地域包括支援センター」か「M市保健部介護高齢課」に、とあったので、早めに相談しておこうと思った。

 相談の要旨は次の三点。

① 認知症の認定を受けておくべきかどうか。

② 「地域包括支援センター」と「M市保健部介護高齢課」はどう違うのか。

③ 薬を飲まない選択肢も現実的にありうるか。

 ①については、現時点ではどちらともいえない。

 ただ、申請して認定されるまでに30日くらいかかる場合が多いので、転んで怪我をして早く認定してほしいというような場合に、じれったく思うこともあるとのこと。

 早めに申請して、予防のサークルのようなものに行くのも一つの方法。

 O医師と相談してということになるだろうな。

 ②については、基本的にやることは同じ。

 市役所が地域すべてをカバーするには範囲が広いから、センターがそれぞれの地域を受け持つということ。

 市役所からセンターに下ろすことも、センターから市役所に報告することもあり、連携して同じ目的に向かうということらしい。

 ③については、質問するほうも答えるほうも難しい問題だが、「往生したけりゃ医療とかかわるな」(中村仁一、幻冬舎新書)の考えに共感するところがあること、父の最期を見てその思いを強めたことなどを話した。

 共感して聞いてくれた。

 まず、一度母を連れずにOクリニックに相談に行ってみるかな。

 薬をのむかどうか。認定を受けるかどうか。サークルのようなのに参加するよう勧めてみるかどうか。

 母が困った時のために、私の名刺の裏に私と妻の携帯電話の電話番号を書いたものを、母の財布の中に入れておいてもらうことにした。

 その時に活かせるかは分からないが。

 「地域包括支援センター」に早めに相談に行ってよかったと思います。

 この後にケアマネージャーを探すことになりますが、「看護師の資格を持ったケアマネージャーを探すといいですよ」と助言していただいたことで、素晴らしいケアマネさんと出会えることになりました。