第19回 認知症介護 日曜日に病院へ

 病院に行くために着替える。

 着替えて新聞を見て日曜日だと気づく。

 日曜日だから病院は休みだと気づく。

 こんなことは、まあ普通の範囲のことです。

 誰にでもある勘違いと言ってもいい程度のことです。

 年を取ってくれば、人の名前が思い出せないとか、お店の名前が思い出せないとか、よくあることです。

 行動を起こしてから、「あれ、何しようとしていたのだっけ?」ということもあります。

 認知症の初期症状と、老化によるものと、なかなか区別はつきません。

 私も50歳を超えて、人の名前やお店の名前がなかなか出てこないことが増えましたし、「あれ、何しようとしていたのだっけ?」も増えました。

 ただ、母の様子を見てきたので、正直怖いのです。

 これは老化のせいだろうか、と考えてしまうのです。

 怖がっても仕方がない、と思っても、やはり怖い。

 そして、また心の中で歌うのです。

 「明るく、明るく、走るのよー」という「東京のバスガール」の一節を。(「第10回 認知症介護 地域包括支援センターで相談」を参照)

2012年4月○日

・夕方、母は出かける格好をして「整形に行くために着替えたけど新聞見たら日曜日だった。

 何やっているのかねえ」と言っていた。

 こうして文字で見るよりは、違和感は少なかったが、あれ、と思った。

 腰が痛いようで、薬局で温湿布を買ってきた。

 整形に行けば湿布を安くもらえると私の妻に言われて整形に行く気になったのかもしれない。

 明日、整形に母と行ってくる。

第6回 認知症介護 認知症の検査 薬をどうするか

第4回 認知症介護 認知症の検査に連れていく」の最後に、少し触れましたが、母が検査を受けてその結果を聞いて「なんかなー」ともやもやした気分になりました。

最初に検査を受けて4日後の2012年2月○日、二度目の検査に行きました。

その時のメモです。

2012年2月○日

・A病院で二つ検査をしてきた。

一つは前回のような記憶力などの検査。言語療法室で約30分。

もう一つはMRI。こちらも30分弱。

その後診察。記憶力などはっきりしていたようだ。

前回のミニメンタルステート検査では、30点中24点以上が正常で、それは27点だったが、今回のでは、一つ一つの点までは覚えていないが、3つとも合格ではなかった。

だから、認知症の薬は飲んでもいいレベルとのこと。ただ、飲んでくださいとは言わないようだ。飲むか飲まないかは本人や家族が最終的に決める。

しばらく考えて、一ヶ月後にOクリニックに行った時に、相談して決めたらいいのでは、とのこと。

MRIの画像では、脳の所々白っぽくなっていて、虚血性のもの、つまり、血液の流れが少なくなっている所があるが、年齢相応といえる。だから、アルツハイマー性のものなのでしょう、とのこと。

帰る時にトイレに行ったが、カバンを置き忘れた。

その後、郵便局に行った。ATMでお金をおろしたが、次の操作をしないで待っていることが何度かあった。

その後「腰が痛くて湿布薬を買いたいから薬局に寄ってほしい」と言った。湿布薬は一郎(私)が以前整形外科でもらったものがあるので、それを貼っているのだが。

認知症の薬を飲み始めるかどうか、これも一つの決断の場面です。

私の父が亡くなって6年程時間が経過していました。

父が亡くなって、母が体調を崩すことも増えました。

頭がふわーっとする、というので病院に行くと、血圧が高い。それから血圧を下げる薬を飲むようになりました。元々は血圧の低い人でした。

夜眠れないことがある、というので、睡眠導入剤を飲むことも増えました。

「薬はなるべく少なく」、私は以前からそう考えています。

父が亡くなる少し前、薬を15種類ほど飲んでいて、医師に相談して5種類に減らしてもらったことがあります。

父の最期の入院中医師に「薬に対してかなり依存性があります」と言われ、内心「あなた方医師があれも飲め、これも飲めと出してきた薬ではないか」と感じました。

母はコレステロール値を下げる薬も飲んでいました。

「認知症の薬を飲む?」と聞いても、本人が「そうする」と言う例はまれだと思います。

母の場合も、信頼しているO医師から「最近物忘れが少し多いようだから、頭がすっきりするような薬を飲みましょうか」というような感じで勧めてもらいました。

その前に私がO医師と相談していたのは言うまでもありません。

母の認知症発症について、素人の私があれこれ言っても始まりませんが、私の母方の祖父や伯父の様子から遺伝的素因もあったかもしれません。

母が若いころの仕事の影響もあったかもしれません。シンナーを扱うような仕事をしばらくしていましたので。

そして、父が亡くなった後に飲むことが増えた薬が誘発した印象もぬぐえません。

第5回 認知症介護 認知症初期の症状 モノ探し

 前回に続き、2012年2月○日のメモの後半です。

2012年2月○日

これまでのことを簡単に記したものをA病院に持って行ったので、それを次にコピーしておこう。

生活状況

① 二世帯住宅で息子の家族(夫婦と子ども3人)と生活している。

② 小学校4年生の三女は、一緒に過ごしている時間が長い。

③ 夕食は息子の家族と一緒に6人で食べることが多い。朝食と昼食は自炊。

④ 60歳代の後半にM市に来たため、周囲に知り合いはあまりいない。

⑤ 電車で1時間あまり離れたN市に妹がおり、2か月に一度くらいは会いに行っている。

家族が気になったこと

① 1年ほど前から、物忘れが少し目立つようになった。直前にしたことを忘れているような感じのことが多くなった。

② 1年ほど前、1泊旅行から帰ってきた時に、「持って行ったはずの化粧品がない」と探した。その化粧品はすでに帰宅後にカバンから取り出し、片づけていた。元々几帳面な性格なので、片づけは苦手ではなかったが、物を探すことも増えた。

③ 半年ほど前の2011年8月に家族みんなで北海道旅行をした時、北海道に来ていることが分かっていないかのような発言が2度ほどあった。車の中でうとうとしていた後だったので、少し寝ぼけているのかとも思ったが、その晩、ホテル内のレストランで食事を終えた後、「今からホテルに行くの?」と聞いたので、ホテルの中にいるのが分かっていなかったかもしれない。

④ 2か月ほど前、眼科を受診して、その帰りにかかりつけ医のOクリニックにも行った。眼科でも複数の薬が出て、どの薬をいつ使うかが把握できていなかった。その時に、Oクリニックで出されている薬も、きちんと飲めていないことが分かり、薬をなるべくまとめてもらうようにした。薬の服用については、何をいつ飲むか、理解しにくくなっている。

⑤ 日常生活で今のところ大きな支障はない。
A病院の患者番号(ID)はXXXXXX

 「これは明らかにおかしい」と感じ、私が今でもはっきり覚えているのは、「家族が気になったこと」の②、几帳面な母がすでに片づけていた化粧品を必死に探していた姿です。

 元々、物をあちらこちらに適当に置く性格の人もいます。
ただ、母の場合はそうではなく、「物を探すことが増えた」のは、今思えば明らかに認知症の初期の症状でした。