第33回 認知症介護 母が転んで肩を骨折した その2 介護申請へ

 母には申し訳ないことをしました。

 最初の認知症検査から約1年後の2013年2月。

 転んで肩が痛い、というのにその日が土曜日だったために、救急の整形外科がやっておらず、病院へ行ったのは翌日の日曜日になってしまいました。

 そこで骨折していたことが分かりました。

 しかし、この日も最低限の処置をしてもらっただけで翌日もう一度来るように言われました。

 そのまま入院することを勧められましたが、一日だけ入院して地元の病院への紹介状を書いてもらうことにしました。

2013年2月○日

・□日、11時頃に病院に母を連れていった。

 M市内で救急の整形外科はやっていないということで、I市のA整形外科に行った。

 レントゲンの結果、骨折していた。

 痛み止めの薬と胃の薬をもらい、バンドで固定してもらった。

 「明日もう一度診察に来てほしい」と言われたので、△日に再診した。

 前日とは違って年配の先生だったが、こちらが多分A医師だ。

 もう一度レントゲンを撮り、骨密度の測定をした。

 以前、N整形外科で測定した時と同じで、同年代と比較して101%。

 若い人と比較した値は60%。これが70%以下だと骨粗しょう症とのこと。

 レントゲンでは腱までは分からないから、MRIで調べた方がいいということで、一日入院することになった。

 それで、○日の今日、夕方5時過ぎに検査結果を聞きに行った。

 少し傷ついている部分があるかもしれないが、ほぼ大丈夫そうだとのこと。

 骨ができてくるのに6週間。

 入院するかどうするか聞かれたので、帰りますと言って、紹介状を書いてほしいと頼み、そうしてもらった。

 出された薬は多い。

 自分ではとても指示通りに飲めそうもない。管理するのが大変だ。

 この辺りを少しも気にしていないようなところが嬉しくない。

 薬は、アルファロールカプセル1(1cap7日分)、ロキソニン錠60㎎(3錠7日分)、マーズレンS配合顆粒2g(7日分)、レイナノン坐剤75 75㎎(8個)、ボナロン錠35mg(1錠1日分)。

 最後の薬は骨粗しょう症の薬で、1週間に1回だけ、曜日を決めて飲む薬、飲んだ後はしばらく横になったりしないという注意もある。

 レイナノン坐剤は消炎鎮痛剤の強いもので、今日は3分の2に切って、明日からは1本という注意。

 この二つの薬は強い薬のようだ。

 アルファロールカプセルは骨の吸収をよくする薬。

 ロキソニンは消炎鎮痛剤。

 マーズレンは骨粗しょう症の薬。

 明日、N整形外科に行く予定。

 昨日、地域包括支援センターに行って、介護申請の相談をし、そのまま申請代行を頼んできた。

 相手してくれたのは「管理者 主任介護支援専門員」のAさん。

 前回相談に乗ってくれた人は昨日は不在だったので。

 介護申請をしたことを今日Oクリニックに電話したが、しばらくして看護師長さんから電話があり、骨折で申請するなら整形外科の先生に書いてもらうのがいいという。

 骨折は申請のきっかけというか、方便でおまけみたいなもの。

 中心は物忘れや道迷い、金銭管理など以前できたことができなくなっていることのほうで、だから普段診てもらっているO医師がいいと思ってとは伝えたが、何かいやがる理由があるのだろうか。

 骨折していなくても申請しているのに。

 看護師長のKさんから地域包括支援センターのAさんに問い合わせの電話をするような感じだった。

第32回 認知症介護 母が転んで肩を骨折した その1

 認知症の検査に母を初めて連れて行ったのが2012年2月でした。

 それから1年後の2013年2月に母は転んで肩を骨折してしまいました。

 その頃は、母もまだ自分一人ででかけることができました。

 元々歩くのが苦ではない性質で、かなり遠くでも歩いていく人でした。

 70歳を過ぎて、家族で吉野山に桜を見に行ったときにも、かなりの山道を平気で歩いていたものでした。

 その日、母は歩いて駅まで行こうとしたようでした。

 その駅までは5kmほどあり、普通はバスやタクシーで行く距離です。

 大通りを歩いて行ったようですが、途中で道が分からなくなり、道を間違ってしまいました。

 それで焦りもあったのかもしれません。

 あるドラッグストアの駐車場で転んでしまったのです。

 その日のメモです。

2013年2月○日

・母が転んだ。

 左肩を打撲していて腫れている。

 明日病院に連れていく。

 明日、N市に「○○殿」という納骨堂を兄と三人で見に行く予定にしていた。

 そのために化粧品を買っておこうとM駅近くの化粧品屋に行こうとしたようだ。

 転んだのは○○書店の近くのドラッグストアの駐車場。

 転んだ母が起き上がれなくなっていたので、近くにいた人が手助けしてくれて、私の妻にケータイで電話し、妻が車で迎えに行った。

 駅に行くのに曲がる場所を間違えたのか、どうしてその場所にいたのかよく分からない。

 化粧品屋に行けたのかどうかも母の話からははっきりしない。

 母は、化粧品屋に行ったけど休みで買えずに、バスが来なかったから歩いて帰ってきた、と言っているようだが。

 タクシーを呼ぼうとしたがつながらなくて、とも言っていたらしい。

 これも以前にも言っていたことがあるが、ケータイでタクシーを呼ぶのもできなくなっていると思う。

 ケータイの履歴を使うことはできず、ケータイの電話帳を開く。

 最初に名前が出てくる「S代」「一郎」はいいが、タクシー会社は下にスクロールしないと名前が出て来ないから。(これはどうやら違った。画面に名前は出しても、その後発信のためのボタン押しをしていなかったようだ。)

第31回 認知症介護 布団の敷き方が分からない

 「あれ?」「母の様子がどうもおかしい。」そう思ったのは2011年のことでした。

 認知症初期の症状の代表的なものとして「物忘れの多さ」がありますが、母の場合もそうでした。

 そしてそれに伴う「モノ探し」、少し前にしたことを忘れることが多くなるので、物を探すことが増えます。

 「機械の操作など、やり方が分からなくなる」というのもあります。

 「第4回 認知症介護 認知症の検査に連れていく」では、初めて認知症の検査に連れて行った時のことを紹介しています。

 「第5回 認知症介護 認知症初期の症状 モノ探し」では、検査に連れていくまでどうだったのかと紹介しています。

 「第6回 認知症介護 認知症の検査 薬をどうするか」では、検査の日にトイレにカバンを置き忘れたことや、郵便局のATMの操作に戸惑ったことなどを紹介しています。

 初めて母を検査に連れて行ったのが2012年2月。2012年10月には、「布団の敷き方が分からない」ということもありました。

2012年10月○日

・妻の話によると、昨日、母は三女の秋子の布団を敷くのに、どう敷いたらいいのか分からないと言ったらしい。

 寒くなってきて秋冬モードの布団に変えようとしたのだと思う。

 どの毛布を使うのか、敷くのか掛けるのか覚えていないというだけかもしれないが、妻の印象では、その時の布団の散らばりようが、これまでのおばあちゃんとは少し違う感じがしたとのこと。