第103回 認知症介護 転倒して股関節の骨折 その5

認知症の母が転倒して股関節を骨折して手術、2か月ほど入院してリハビリもして退院したのが2017年4月のことでした。

グループホームが再び受け入れてくれる条件としての、「立てる」とか「車いすに移ることができる」等はクリアして、何とか自分の足で歩ける程度には回復しましたが、心配していた通り、また転倒して骨折してしまったのです。

手術するのも体に強い負荷がかかる。手術後に点滴を自分で外してしまわないようにミトンをはめられ両手の自由を奪われる。どこまで回復するか分からないつらいリハビリもしなくてはならない。一度目の骨折、手術、リハビリの時の母の姿が思い出されました。

医師も二度目の手術は勧めませんでしたので、私は手術をしない選択をしました。

手術をしないという選択をすれば、母が歩けるようにはなりません。

こんな大きな選択を、母は今、自分ですることはできない。

介護をしていく過程では、このような大きな選択、決断をしばしば迫られます。

その選択、決断はおそらく、後になって「あの選択、決断は正しかったのだろうか」と何度も振り返ることになるものだろうと思います。

母が二度目の骨折をした日とその翌日、2017年8月のメモです。

2017年8月○日

・「15:30頃転倒した」とグループホーム「S」のIさんから18:00頃電話があった。

「明日T整形外科に連れていき、結果は連絡する」と。

2017年8月△日

・昨日8月○日は、兄が来ていたので、妻、三女の秋子、私の4人でグループホーム「S」に見舞いに行った。

整形外科で診察してもらった結果はまた骨折だった。

しかし、状況を考えて手術はしない選択をした。

手術をしなければ歩けるようにならないが、手術には体に負荷がかかるし、手術がうまくいったとしても、その後のリハビリも前回同様難航して本人も苦しいだろうとの判断。

車いすでの生活になる。

第102回 認知症介護 転倒して股関節の骨折 その4

認知症の母が股関節を骨折して手術することになったのは、2017年3月のことでした。

私が予想していたよりは早く回復し、2か月足らずで退院することになりました。

その間、病院内でリハビリもしており、私も二度ほどその様子を見に行きました。

母本人はもちろんうれしそうにリハビリに励んでいる感じではありません。

リハビリを指導してくれていたのは、理学療法士でしょうか、若い男性でしたが、よくやってくれているなと思いました。

入院前お世話になっていたグループホーム「S」からは、退院後に再び受け入れられるかどうかの条件として、①立位できる。②トイレの介助の際協力(手すりを持つなど)が得られる。③車椅子に移れる。以上の3点が示されていました。

その3点はクリアできましたので、再びグループホーム「S」に戻ることになりました。

元いたグループホームに受け入れてもらえない場合にどうするか相談できるケースワーカーが病院にはいましたが、受け入れてもらえることになりホッとしました。

回復の程度としては、手を取って補助すれば何とか自分の足で歩けるという程度です。

それでも天気が良ければ散歩ができますし、まあよかったと思うようにしました。

しかし、本当によかったのかどうかは微妙な所です。

何とか自分の足で歩けるということは、再び転倒する危険性が高いということです。

グループホームのスタッフの方も、四六時中見張っているようにしているわけではありません。

母が自分でトイレに行こうとしたりしますから、転倒の危険は高いわけです。

心配は的中しました。

4か月後に再び股関節を骨折してしまったのです。

二度目の骨折についてはまた次回として、今回は1回目の骨折、手術から退院した2017年4月の短いメモです。

2017年4月○日

・母が退院した。

グループホーム「S」に戻ることができた。

予想していたよりは回復はよく、手を取って補助すれば、ちょこちょこと何とか自分の足で歩ける程度まで回復した。

第100回 認知症介護 転倒して股関節の骨折 その2

 認知症の母がグループホームに入って1年半ほど経った2017年3月、母が転倒して股関節を骨折しました。

 母が入院した翌日、遠方に住む私の兄が来て、私の妻と二人の子どもたちと私の5人で、母の見舞いに病院に行きました。

 点滴するための管を抜かないように、母の手にはミトンがはめられており、母はそれが煩わしくて仕方がないようでした。

 それはそうですよね。

 必要があれば拘束することもあるという承諾書にサインしているものの、自分がされたらどれほど不快だろうかと想像し、心が痛みました。

 子どもには言いやすかったからか、帰り際に母は三女の秋子に向かって「テレビが見たい」と言いました。

 そこで看護師さんとも相談し、イヤホンを売店で買ってきました。

 テレビカードも購入し、看護師さんに「テレビを見せてやってください」とお願いしました。

 母はテレビの操作もイヤホンの着脱も自分ではできないので、看護師さんがどれだけ面倒見てくれるかに不安はありました。

 「テレビ見たい」と母に尋ね、イヤホンを着脱し、テレビをつけたり消したりする、忙しい看護師さんにそこまで要求するのは難しい気がしました。

 「テレビを見せてやってください」とお願いはしましたし、看護師さんも「いいですよ」とは言っていたものの、担当する看護師も日々変わるし、なかなかそこまではしてもらえませんでした。

 テレビカードの残高はあまり減っていきませんでした。

2017年3月○日

・昼頃、兄が来て、(病院の近くでたこ焼きを食べてから)私の妻、次女の夏子、三女の秋子と5人で市民病院に見舞いに行った。

 昨日と同様、母はミトンを取りたいと何度も言っていた。

 管を抜いたりしないようにするため、両手にミトンを付けられていて、それが煩わしくて仕方がないようだ。

 帰り際に秋子に「テレビが見たい」と言ったようで、看護師さんに相談して、テレビカードとイヤホンを買って、「テレビを見させてやってください」とお願いしてきた。

 もちろん、自分ではテレビの操作もイヤホンの着脱もできないから、どれだけ看護師さんがしてくれるのか分からないが。

 明日は妻が9時前に行き、私は勤務が終わった1時ごろに行く予定にしている。

 手術は9時半の予定。

 一気に認知症が悪化するのも覚悟はしている。

 本人が「悲しいね」と言うので、こちらも本当に悲しくなる。