第72回 認知症介護 熱中症も怖い

 2018年の夏は記録的な暑さになりました。

 7月の記録的な豪雨に続いて、記録的な酷暑。

 「観測史上初の大雨」とか「観測史上初の気温」などとテレビのニュースでも何度も言われました。

 小学生が熱中症で死亡するということもありました。

 熱中症で多くの高齢者が亡くなりました。

 「こんなに暑い日になぜ草刈りや畑仕事をしにいくのだろう」と思うこともありますが、私も同じように行動するかもしれません。

 多くの高齢者がそうであるように、私はエアコンが好きではありませんし、普段は水分補給が少なく、「夏は暑くて当たり前、私は暑さに強い」などと思っていますので。

 ですので、熱中症になって死亡してしまってはいけないとは思いますが、お年寄りに、好きではないエアコンを強いたり、飲みたくないほどの水分を補給させたりすることに、多少の違和感を感じます。

 いやいや、やはり死んでしまってはいけないですね。

 私の母は、グループホームに入る1か月ほど前、さかんに湯たんぽを使いたがりました。

 7月のことでただでさえ暑いのに、エアコンを入れていない部屋で湯を沸かす。

 部屋は湿気も手伝ってムンムンしていました。

 本人は足が冷たいと訴えるので、対処に困りました。

 2015年7月のメモです。

2015年7月○日

・皮膚科のS医院に行ってきた。

 5日ほど前から右足太ももの内側に水ぶくれができて、2回ほど水を抜いたが、まだ大きく水がたまってくるので、診てもらった。

 お年寄りに多い水泡症かノミではないかとのこと。

 抗生物質の塗り薬を塗ってもらい、ガーゼをしてもらった。

 薬は「ゲンタシン軟膏0.1% 1㎎」が出た。

 1日1回水で洗って、薬を塗って、ガーゼをしてくださいとのこと。

・7月△日にかかりつけのOクリニックに行ってきた。

 母は足が冷たいからと言って今も湯たんぽをほしがっている。

 O医師は熱中症を心配して、やめたほうがいいと言う。

 私が「暑いから湯たんぽはいらないよ、O医師もやめたほうがいいと言っていたよ」と言っても、本人は足が冷たく感じるようで、お湯を沸かして湯たんぽをしている。

 これも一日中見張っているわけにもいかないし、湯たんぽを隠したとしても、何度も湯たんぽがないと言ってくるので、母のしたいようにさせている。

 O医師はさかんに熱中症予防を説かれる。

 エアコンを使った方がいいとも。

 これも母本人はいやがるので使っていない。

 舌を見た感じでは乾燥はしていないようで、適度に水分補給はしているのだろう。

 水かお茶をペットボトルに入れておいて、どれだけ飲んだか分かるようにしておくといいとO医師は言うが、そのペットボトルのお茶を飲まないのだから、分からない。

 うがいをしたときに、水を飲んでいるようではある。

 「出ていきません!」などの大声での独り言はけっこうあるが、カンカン音を出すことは最近ほとんどないので、夜中に起こされるようなことは少なくなり、少し楽になった。

第61回 認知症介護 医師との連携

 母の認知症介護をしてきて、多くの人に助けてもらいました。

 ケアマネジャー、デイサービスのスタッフの方や所長さん、地域包括支援センターの方、母の妹さんや私の兄、そして家族。

 今はグループホームのスタッフの方々。

 もちろん、ずっと診ていただいていたかかりつけの医師は言うまでもありません。

 前回、薬の悪影響について書きましたが、関わってくださった多くの医師も、母が少しでも楽になるようにとか、介護する家族が少しでも楽になるようにとか、色々なことを考えて、対処してくれたはずです。

 認知症介護においては、様々な大変なことが起きますから、家族だけで対処せず、多くの人に助けてもらうことが大事です。

 これは何度でも繰り返したい大事な点です。

 医療には医療の限界が、行政には行政の限界があるにしても。

 2015年2月のメモです。

2015年2月○日
・Oクリニックに行ってきた。

 月に一度の定期の診察。

 O先生に見せるために妻が書いた母の様子のメモには、結構深刻な感じで書いてあったから、O先生も心配して、介護する家族のために薬を出そうかと提案してきた。

 一つは、認知症の進行を遅らせるパッチ薬。

 もう一つは、不穏になった時に飲ませて落ち着かせる液体の飲み薬。

 どちらももらってこなかった。

 O先生は日に当たることが大事だとか、朝起きてご飯を食べるときに着替えることが大事だとアドバイスしてくれる。

 それは分かってはいるが、なかなかそううまくはいかない。

 O先生の「ごはん食べた」などの質問に、母は「ごはんと味噌汁」のように、適当に合わせて答えていた。

 先生が「菓子パン? トースト? 」と尋ねると「トースト」のように。

 本当はトーストなど食べていないのに。

第55回 認知症介護 「年より笑うな行く道だもの」

 母がグループホームに入ることになったのが2015年8月。

 その事件が起きたのはその半年ほど前のことでした。

 母の認知症の症状としては色々なものがありましたが、排便を失敗することはあまりありませんでした。

 とはいえ、ベッドの横に濡れたバスタオルがあることが時々ありました。

 どうやら漏らしたおしっこをふいたようです。

 漏らすのが気になるのか、こまめにトイレに行っていた印象でした。

 しかし、ティッシュを尿漏れパッドのようにパンツにセットしては、それをトイレに流しているようだったので、トイレがつまってもいけないと思い、その頃は紙パンツをはいてもらうことにしていました。

 その方が母本人も少し安心かもしれないと考えたからです。

 実際はどうだったか分かりません。

 不快感があったかもしれません。

 その日、私が風呂を洗いに風呂場に行くと、なんと、うんこがありました。

 しかも、たっぷりと。

 お風呂とトイレの判断がつかなかったのでしょう。

 私は苦笑しました。

 以前父が高熱を出したとき、机の上にあったタオルを服を着るような動作で着ようとしていたのを思い出しました。

 タオルと服の区別がついていないようでした。

 父は認知症ではありませんでしたが、高熱のために一時的に認知機能が落ちたのだと思います。

 また、私が大学生の頃、泥酔した友人が階段の踊り場でおしっこしたのも思い出しました。

 酔いのために一時的に判断力が落ちたのだと思います。

 「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」。

 永六輔さんの『無名人 名語録』に収録されている言葉だそうです。

 父と母の晩年を見てきて、私もこの言葉をかみしめています。

 2015年1月のメモです。

2015年1月○日
・昨晩、おばあちゃんがお風呂でうんこをした。

 下痢便が少し漏れたというレベルではない。

 洗い場の方の排水溝の網のところに、かなりの量のうんこがあった。

 洗い場でして、あそこに隠したのだろうか。

 割り箸でつまめるような固形のうんちだった。

 一郎が手袋をして割り箸でつまんでトイレに流せる掃除用の紙に包んで、トイレに流した。

 うんこのついた髪の毛や、割り箸はやはり紙に包んで、ビニール袋に入れ、捨てた。

 妻は「これから毎回だよ」とか「おばあちゃんに処理させてもだめかなあ」とか、悲観的なことを言う。

 いずれにせよ、新しい段階に入ったようだ。