第46回 認知症介護 抑肝散という薬

 母のしゃっくりがひどくなってきていました。

痛い痛いと泣きわめくようなこともしばしばありました。

アリセプトD錠5㎎に、メマリー錠5㎎が追加されたのは2014年6月でしたが、その翌月、2014年7月にメマリー錠は20㎎に増量されました。

そして「不穏」の時に飲ませる薬として「ツムラ54 抑肝散エキス顆粒」という漢方薬が出ました。

「不穏」というのは認知症の周辺状況を指す言葉で、「暴力や暴言」、「興奮状態」「もの盗られ妄想(特にお金にまつわる)」「帰宅願望」、「介護拒否(食事・清潔・排泄など)」「幻覚(幻聴・幻視)」などがあります。

母の場合もここに挙げたほとんどがありましたが、この頃、特に目立った「不穏」は主に「興奮状態」でした。

問題はどう飲ませるかです。

「興奮状態」になってからではとても飲ませられません。

顆粒の薬ですし、押さえつけて飲ませるわけにもいきません。

予防的に夕食の前に飲ませるようなことはできましたが、それが本当に予防になったのかどうかは分かりません。

痛み軽減、筋肉のけいれんを伴う痛みを和らげるという「ツムラ68 芍薬甘草湯エキス顆粒」も出されました。

2014年7月のメモです。

2014年7月○日

・Oクリニックに行ってきた。

母はしゃっくりが結構出て、腰が痛い痛いと言って行かなかった。

Oクリニックに行くよ、という前から痛がっていた。

ケアマネージャーのNさんもOクリニックには来てくれることになっていたので、一郎とNさんの二人でO医師に相談してきた。

デイサービスの「○○○○」については、行ける状態にしておいて、本人が行く気になった時だけ、行くということにする。

メマリー錠は今回から20㎎。

泣きわめくようなときに飲ませるものとして、「ツムラ54 抑肝散エキス顆粒」が出た。

神経の興奮を鎮める、子どもの夜泣きなどを改善する薬だそうだ。

痛がるのは内臓ではないだろうとのこと。

つっているのではないか、と聞いてみると、それはありうる、ということで、痛み軽減、筋肉のけいれんを伴う痛みを和らげるという「ツムラ68 芍薬甘草湯エキス顆粒」も処方された。

こちらは朝夕一日二回。

Oクリニックから帰ってきたら、母はトイレに入っていて、出てきたときはかなり激しくしゃっくりをしていた。

夕食前なので、芍薬甘草湯を飲まそうと思って、オブラートに包んだが、飲みたがらない。

無理に飲まそうとしたら、はねのけそうな感じだ。

もともと粉薬は苦手にしていて、以前も粉薬はオブラートに包んで飲んでいたので、これから先も、飲ませられるか心配だ。

第44回 認知症介護 認知症の薬 メマリー 

 母が認知症の診断を受けた2012年2月から2年と4カ月が過ぎた頃、2014年の6月と7月は、母の介護をしてきた日々の中で、最も大変だった時期です。

 いや2番目に大変だった時期です。

 1番はもう少し先、もう家での介護は続けられないと覚悟を決めた2015年の3月頃です。

 ショートステイを利用した後に、病状が悪化して、明らかに元気がなくなった母に対して、認知症の薬「アリセプト」のほかに「メマリー」が加わりました。

 「メマリー」とは、中等度および高度アルツハイマー型認知症における症状の進行を抑制する薬です。

 5mg、10mg、20mgの3種類があり、母に処方されたのはメマリー錠5㎎でした。

 「アリセプト」と「メマリー」は、それぞれ別の作用の仕方で認知症の進行を抑える薬で、同じ認知症の薬でありながら併用が可能です。

 アルツハイマー型認知症が中等度まで進行した頃から「メマリー」を投与する事で相乗効果が得られると言われているようです。

 しかし、母が「メマリー」を処方された後、さらに病状が悪化した印象がありました。

 ショートステイで病状が悪化し、「メマリー」の副作用でさらに一段病状が悪化した印象でした。

 「メマリー」は明らかに脳に作用している感じでした。

 「精神活動を活発にし」との説明がありましたが、母は感情の起伏が極端になり、感情のコントロールがきかなくなった感じでした。

 その頃、2014年6月のメモです。

2014年6月○日

・デイサービスの「○○○○」には今は毎日行くことにしており、所長さんが7:45頃に迎えに来てくれているが、昨日も今日も「行かない」と言って行かなかった。

 6月□日にOクリニックに行ってきた。

 血圧は低く、体重は減ってきているので、血圧を下げる薬とコレステロールを下げる薬は無しになった。

 薬はこれまでのアリセプトD錠5㎎に、メマリー錠5㎎という「脳の伝達物質を調節して、精神活動を活発にし、物忘れや症状が進むのを抑制する薬」が加わった。

 鬱傾向はまだ結構強く、テレビはほとんど見ない。

 これまで欠かさず見ていた大相撲さえ見ない。

 新聞も読まない。

 髪のカールもほとんどしない。

 食事も「要らない」と言って食べないことが増えた。

 お風呂は2週間以上入っていなくて、5月○日にスーパー銭湯に連れて行ったら、三女の秋子がうまく母をお風呂に入れてくれた。

 数日前にデイサービス「○○○○」から帰ってきた後は、すごく機嫌がよかったし、今日も夕方以降は調子がいいのか、スーパー銭湯以来10日ぶりに、自分から風呂に入った。

 先日、靴をベッドの横にバスタオルでくるんで隠し、私が探していて、それを見つけた時には、「うまいこと騙してやった」というような感じで、母はきゃっきゃっとはしゃぐように笑った。

 びっくりした。

 ここ数日は、しくしくと泣くことも数回あった。

 躁うつ病的な感じがする。

 感情のコントロールができないのではないか。

第26回 認知症介護 血圧を下げる薬「ディオバン」

 「第8回 認知症介護 認知症の薬を飲み始める前に飲んでいた薬」でも、少し触れましたが、母は血圧を下げる薬を飲んでいました。

 父(母の夫)を亡くした後、血圧が上がり、ふわーっとすることが時々あったからです。

 元々血圧が高い人ではありませんでしたし、その後の経過から考えてもこの血圧を下げる薬は必要だったのだろうか、と今でも思います。

 血圧を下げる薬は「ディオバン」。

 2013年3月に臨床研究にノバルティスファーマ社の社員が関与していた不正が発覚した「ディオバン事件」の「ディオバン」です。

 2018年1月現在の「ウィキペディア」によれば、「不正論文により年間200億円の損害が国民と患者に生じたとする試算もなされている。」とあります。

 事件発覚後、かかりつけのO医師から説明があり、続けてこの薬を飲んでいくか聞かれました。

 事件のことがあったからこの薬はだめだというわけではない、というような話もあり(そりゃそうですよね。それを言ったら医師のメンツも丸つぶれですしね)、その後もしばらくは「ディオバン」を飲み続けることになりました。

 次の2012年7月のメモは、「ディオバン事件」発覚より半年ほど前のものです。

2012年7月○日

・Oクリニックに行ってきた。

 定期的な通院。

 母以外の5人は沖縄に行くので、少し早めに薬をもらってきておいた。

 血圧は低いので、血圧を下げる薬のディオバン錠は80㎎から半分の40㎎に変更した。

 薬を飲んだかの確認などを母の妹さんにお願いした。