第28回 認知症介護 平穏な時期もあります

 2012年の8月、9月は比較的平穏に過ぎていきました。

 定期的にかかりつけのOクリニックに行き、薬を出してもらい、しかし、やがて薬の管理が難しくなっていきました。

2012年8月○日

・Oクリニックに行ってきた。

 定期的な通院。

 血圧は夏場だからということもあろうが、低く推移しているので、血圧を下げる薬のディオバン錠はさらに成分が半分となり、ディオバン錠20mgになった。

 他の薬は変わりなく、メバロチン錠10 10㎎、アリセプトD錠5㎎、オメプラール錠10 10㎎、合計4錠を朝にまとめて飲んでいる。

2012年9月○日

・Oクリニックに行ってきた。

 定期的な通院。

 血圧は低く安定しているので、今回や血圧の薬はなしで様子を見てみましょう、ということになった。

 病院で測る血圧はあいかわらず高くなるようだが。

第27回 認知症介護 妹さんの助け

 2012年8月、私たち家族は沖縄に行きました。

 その数日の間、母には電車で1時間余り離れたN市に住む妹さんのところで暮らしてもらうことにしました。

 ところが季節外れの台風のために、飛行機が欠航となり、予定していた日には帰って来られなくなってしまいました。

 予定より2日遅れて帰ることになったのです。

 妹さんには、その数日分の薬を渡していたのですが、予備は1日分しか渡しておらず、どうしようか思案しました。

 今振り返れば、1日や2日薬を飲まなくてもどうということないと思いますが、その時はそうは思えませんでした。

 このころの母は、一人で電車に乗ることは何とかできるくらいでした。

 ただ、待ち合わせがうまくいかなくなったりしていましたし、ケータイの基本操作もあやしくなってきていたので、電車に乗せるときには、駅まで迎えに来てもらうように妹さんには頼んでいました。

 結局、この時は、私たちが帰宅する前日に母を家まで送ってきてもらい、妹さんに一泊してもらいました。

 翌朝、母が薬を飲むのを確認してもらい帰ってもらいました。

 親戚、ご近所さん、公的な制度など、助けてもらえるものには、助けてもらわないと、苦しくなってきます。

 次のメモは、その時のものです。

2012年8月○日

 ・△日に帰ってくる予定だったが、台風のために飛行機が欠航となり、2日余分に沖縄に滞在した。

 母の薬は余分を一日分しか渡していなかったので、△日に妹さんに母の暮らすM市に行ってもらい、○日の薬を用意して、一泊してもらい、翌□日の薬を飲むのを確認して帰ってもらう、というようにお願いした。

 妹さんの話では、M市に帰ってくる時、母はM市に帰るのか、妹さんの所に行くのかが何度も分からなくなったらしい。

第25回 認知症介護 一進一退 気候のせいか薬のせいか

 母の認知症介護をしていて悲しいことの一つは、表情が乏しくなっていくことです。

 私の母も徐々に表情が乏しくなっていきました。

 認知症にはいくつか型があり(脳血管性認知症、レビー小体型認知症、アルツハイマー病)があり、よくなる認知症もあるようですが、アルツハイマー型の認知症はよくはならない、と言われています。

 そうは言っても、表情が乏しくなる一方とも限りません。

 気候が良くなったり、楽しい話題になったりした時に、楽しそうな表情になることがあります。

 不機嫌になることが増えてしまった2018年1月現在では、母が笑うことはほとんどなくなってしまいましたが、それでも、少しでも笑ってもらいたい、と面会に行くたびに心がけています。

2012年7月○日

・Oクリニックに行ってきた。

 定期的な通院。

 血圧や脈拍などに、特に異状はなかった。

 病院に入る時、自動ドアを手で閉めようとしていた。

 その後、昼食を食べたお店でも、帰りに自動ドアを「閉めなくていいのかなあ」と言っていた。

 状況としては、もちろんよくなっているようにも感じないが、急に進んだようでもない。

 気候が暖かいからか、「表情はいいですね」とO医師は言っていたが。

 しばらく腰の痛みは訴えていなかったが、昨日「ここ2、3日腰が痛い」と言って、I整骨院に行ってきた。