第83回 認知症介護 激しく戸を閉める音の対策に「消音テープ」が有効

 認知症の母がグループホームに入る以前、「自宅での介護はそろそろ限界だ」と私が感じた大きな理由は、母が金属製のふたのついたゴミ箱のそのふたを、重みのある手鏡でたたいて、夜中にまでカンカン、カンカンと音を出したり、激しい独り言を言ったりして、家族の睡眠に影響しだしたことでした。

 もうひとつ、音で困ったことがありました。

 それは、機嫌が悪くイライラするのか、母が自分の部屋の障子をぴしゃりと閉めるときに、ぴしゃりどころか、バンッと激しい音を立てて、勢いよく閉めることでした。

 「私は怒っているぞ」と周囲にアピールするかのようなその音は、私たち家族を、そのたびにドキッとさせました。

 そこで私は、ホームセンターに行き、「戸あたり消音テープ」を買って来て、母の部屋の障子に貼りました。

 「戸あたり消音テープ」の存在は、それまで意識したこともありませんでしたが、「発泡合成ゴム製の消音テープが、家中に響く戸あたり音を貼るだけで簡単解決」(ニトムズの「クッションソフトテープ」の宣伝文句)などと売り出しています。

 ニトムズの製品を特に売り込もうというわけではありませんが、「クッションソフトテープ」以外にも、「戸あたり消音テープ」、「ふすま戸あたりテープ」、「家具用戸あたりテープ」など、類似の製品を売り出しています。

 この「消音テープ」を貼ることで、その音に関してはそれなりに解決しました。

 不機嫌になった母が、障子をバンッと閉めるのに、パンッとしか音がしない。母が拍子抜けしているような姿を想像し、私は不謹慎と思いながらも、笑いがこみあげてきました。

 母がグループホームに入って4カ月ほどが経過した2015年11月、グループホームに面会に行くと、母の部屋のドアには「消音テープ」が貼ってありました。

 母はここでも同じようにドアをバタンと不機嫌そうに激しく閉めて、介護スタッフの方たちを困らせたに違いありません。

 スタッフの方からは「指をはさむといけないので」という説明でしたが。それとは別に話があったのは、「ドアを取り外しましょうか」という提案でした。

 グループホームの母の部屋のトイレのドアは、手前に引くタイプで、母はそれがずいぶん使いにくそうだったらしいのです。

 私はその提案に従い、ドアを外してもらいました。

 そして、ドアの代わりに、長めの暖簾をつけてもらいました。

 2015年11月のメモです。

2015年11月○日

・今日は私一人でグループホーム「S」に面会に行ってきた。

 週に一度は面会に行っている。

 これまで入所してから言っていなかったが、今日は「腰が痛い」と母は言っていた。

 トイレが手前に引くタイプのドアで、転んだか、転びそうになったか、壁との間に挟まったのかもしれないが、「ドアを外して、長い暖簾にしましょうか」と提案があったので、そうしてもらうことにした。

 部屋への入り口の扉にクッションが貼ってあった。

 家でしていたように、バタンと勢いよく閉めているからかもしれない。

 介護スタッフの方は、指を挟むといけないから、と言ってはいたが。

 あれこれ母と話した中で、姉(母にとっては長女)のことも少し話題にしたが、姉の名前を出してもそれが誰かよく分からない様子だった。

第82回 認知症介護 グループホームから外出し寿司を食べに行った

 認知症の母をグループホームに入れてから2カ月ほど経った2015年10月、私は外出許可をもらって、母と一緒に寿司を食べに行きました。

 母に「何が食べたい」と聞くと、たいてい「寿司」と答えていたからです。

 家族の誰かの誕生日には、よくその寿司屋に行きました。

 その頃は、母がお店で大声を出したりするなどの心配はほとんどありませんでした。

 食べることも、母はほとんど自分でできていましたし。

 外食するための外出や、年末年始を一緒に過ごすための外泊などは、手続きさえすればさせてもらえました。

 いつでも面会に行くと母は「家に帰りたい」と言うので、私はつらくなってしまうのですが、特に外出してグループホームに帰るときは、また別のつらさがあります。

 送って行って車から降りるときに、母が「家に帰るのではないの。まだグループホームなの」と感じているのが分かるからです。

 2018年9月の現在では、両足を骨折して車いす生活になっていますので、もう母を連れ出して外出するのは難しいと感じています。

 それでも母がお世話になっているグループホーム「S」では、時々回転寿司などに入所者を連れて行ってくれますので、ありがたいです。

 2015年10月のメモです。

2015年10月○日

・昨日、母に寿司を食べさせに行った。

 妻と次女の夏子と三女の秋子と5人で。

 11:45頃にグループホーム「S」に迎えに行って、12:00から家族でよく行く寿司屋に行き、ちらし寿司を食べた。

 結構な量があるが、母はすべて食べた。

 家には寄らずグループホーム「S」に送っていったとき、母はすぐには車から降りず、自分だけグループホーム「S」に入っていくのが変な感じだったようだ。

 もう家に帰れると思っていたのかもしれない。

第81回 認知症介護 家族の思い 朝日新聞「声」欄から

 2018年9月21日の朝日新聞「声」欄は「認知症とともに」という特集でした。

 認知症の介護をしている人たちの様々な思いが伝わっています。

 共感したところもたくさんあったので、一部紹介したいと思います。

 87歳で認知症の母と同居しているという自営業の花村隆さん(岐阜県 60)の「同居の家族は落ち着けません」には、「30年前に結婚して家を出た私の妹が、まだ家に帰らないと言って、夜に騒ぎ出すことがあります。『迎えに行かないかん』と言い、無視をしていると怒りだします。」とあります。

 私が認知症の母をグループホームに入れる決断をした大きな理由も、夜に騒いだり大きな音を出したりし始めたことでした。

 同居の家族は落ち着けませんでした。

 子どもの受験などへの影響も心配しました。

 花村さんは「自分が将来、認知症になったら、グループホームに入って、家族とは離れて暮らした方が良いのかなと思っています。」と文章をしめくくっています。

 認知症の介護をしていると、「自分が将来認知症になったら」ということを考えることもきっと多いと思います。

 私もそうでした。

 非常勤国家公務員の田添京子さん(長崎県67)の「寄り添い学ぶことは人間磨き」には、「認知症の人への対応は究極の人間磨きだ。」とあります。

 田添さんは認知症サポートリーダーとして、認知症の予防や介護を一生懸命学んでいらっしゃいます。

 田添さんは「若い頃には想像だにしなかった世界が、自分たちに訪れている、私は、認知症予備軍の気持ちでボランティア活動に参加している。」と文章をしめくくっています。

 「私もいつかは認知症になるかもしれない」、そういう気持ちは、私にも常にあります。

 夫がアルツハイマー型認知症だという主婦の石田晶子さん(埼玉県78)の「夫を迎え入れてくれたご近所」には、「まだ初期だが、同じことを何度も聞きに来たり今までできていたことができなくなったり、これから症状がどう進むのか、不安を抱えた毎日だ」とあります。

 私のこのブログ「介護の誤解 ―ある認知症介護の記録―」も、そうした不安を抱える介護者の気持ちを、少しでも楽にできたらという思いで書いています。

 石田さんは、お住いの団地のボランティアグループが温かく迎えてくれていることへの感謝の思いを書かれています。

 そして「認知症を身近な問題として偏見なく受け入れてくれる社会がもっと広がることを切に願っている」と文章をしめくくっています。