第34回 認知症介護 母が転んで肩を骨折した その3

 母は血圧を家庭用の血圧測定器で毎日測り、血圧手帳に記録していました。

 しかし、これも徐々に記録ができなくなってきていました。

 私が時々血圧の記録をチェックしていましたが、母が転んで肩を骨折したこのころは、それをさぼっていました。

 「白衣高血圧」にあてはまるのかは分かりませんが、母は病院で血圧を測定するとたいてい高い数値が出ました。

 食べるものの管理も難しくなってきていました。

 私たち家族は二世帯住宅に暮らしており、夕食はみんなで一緒に食べていましたが、母の朝食と昼食は、母に任せていました。

 生協の宅配を頼んでおり、母は自分で注文もしていました。

 ところが、このころには、生協の注文でも同じものを複数注文していたりして、冷蔵庫の中にモノが溜まっていきました。

 一緒に買い物に行っても、同じものをいつも買いたがりました。

 冷蔵庫の中には同じ商品があふれ、異臭を放ち始めているものもありました。

 申し訳ないと思いながらも、母が自分で生協の注文をすることもやめざるをえませんでした。

 パウンドケーキのようなものを、一気にすべて食べてしまうようなこともありました。

2013年2月○日

・OクリニックとN整形外科に母を連れて行った。

 Oクリニックでは、血圧が上がっているとのことで、これまで出ている3種類の薬(メバロチン、アリセプト、オメプラール)に、血圧を下げる薬(ディオパン錠40㎎)が加わった。

 以前は出ていた薬だ。

 骨折した後、血圧測定のチェックを私がしていなかった。

 2月△日から□日までは、母が血圧測定をしていなかったが、それに私は気づいていなかった。

 昨日と今日は、朝私が測定し、上が153、下が90前後。

 しかし、Oクリニックでは上が186だったか。いつも病院では高いが。

 血液検査の結果では、「H」が5つ。LDHとCPKと中性脂肪と血糖とMCV。LDHは、「肝臓・心臓・血液疾患などで高値となります」、CPKは、「心臓や骨格筋等が異常の場合、高値となります」とある。

 パウンドケーキをたくさん食べたようだと話したら、カロリーの低いものを置いておくといい、とのこと。

 何がいいかという話の中で、「のどが鈍いようだが」と話したら、チェックしてくれて、のどを押さえても反射がないとのこと。

 誤嚥の危険性も高いようだ。

 だから、ドロドロしたものがいいのだが、ゼリーやプリンだとカロリーが気になるし、とのこと。

 デイサービスを利用して、昼ご飯を食べてきてもらうのもいいのでは、という話も少し出た。

 N整形外科では、レントゲンを撮った。

 骨がずれてはいないようだ。

 これから1日に数回、自分でリハビリをする。

 座ったままおじぎをする姿勢で腕を垂らし、ぶらぶらさせるというもの。

 介護申請の意見書も書いてくれた。

 薬は「痛み止めはできればなくしたい。それか頓服に」と話してはみたが、「前回と同じように出しておきますので、痛くなければ飲まなくていい」とのこと。

 セレコックス錠100㎎とムコスタ錠100㎎が2週間分出た。

 A医院で出て二度は飲んだボナロン35mg(骨粗しょう症の薬)は、注意事項も多く難しいのでやめて、骨の吸収をよくするビタミン剤(?)のワンアルファ錠が出た。

第33回 認知症介護 母が転んで肩を骨折した その2 介護申請へ

 母には申し訳ないことをしました。

 最初の認知症検査から約1年後の2013年2月。

 転んで肩が痛い、というのにその日が土曜日だったために、救急の整形外科がやっておらず、病院へ行ったのは翌日の日曜日になってしまいました。

 そこで骨折していたことが分かりました。

 しかし、この日も最低限の処置をしてもらっただけで翌日もう一度来るように言われました。

 そのまま入院することを勧められましたが、一日だけ入院して地元の病院への紹介状を書いてもらうことにしました。

2013年2月○日

・□日、11時頃に病院に母を連れていった。

 M市内で救急の整形外科はやっていないということで、I市のA整形外科に行った。

 レントゲンの結果、骨折していた。

 痛み止めの薬と胃の薬をもらい、バンドで固定してもらった。

 「明日もう一度診察に来てほしい」と言われたので、△日に再診した。

 前日とは違って年配の先生だったが、こちらが多分A医師だ。

 もう一度レントゲンを撮り、骨密度の測定をした。

 以前、N整形外科で測定した時と同じで、同年代と比較して101%。

 若い人と比較した値は60%。これが70%以下だと骨粗しょう症とのこと。

 レントゲンでは腱までは分からないから、MRIで調べた方がいいということで、一日入院することになった。

 それで、○日の今日、夕方5時過ぎに検査結果を聞きに行った。

 少し傷ついている部分があるかもしれないが、ほぼ大丈夫そうだとのこと。

 骨ができてくるのに6週間。

 入院するかどうするか聞かれたので、帰りますと言って、紹介状を書いてほしいと頼み、そうしてもらった。

 出された薬は多い。

 自分ではとても指示通りに飲めそうもない。管理するのが大変だ。

 この辺りを少しも気にしていないようなところが嬉しくない。

 薬は、アルファロールカプセル1(1cap7日分)、ロキソニン錠60㎎(3錠7日分)、マーズレンS配合顆粒2g(7日分)、レイナノン坐剤75 75㎎(8個)、ボナロン錠35mg(1錠1日分)。

 最後の薬は骨粗しょう症の薬で、1週間に1回だけ、曜日を決めて飲む薬、飲んだ後はしばらく横になったりしないという注意もある。

 レイナノン坐剤は消炎鎮痛剤の強いもので、今日は3分の2に切って、明日からは1本という注意。

 この二つの薬は強い薬のようだ。

 アルファロールカプセルは骨の吸収をよくする薬。

 ロキソニンは消炎鎮痛剤。

 マーズレンは骨粗しょう症の薬。

 明日、N整形外科に行く予定。

 昨日、地域包括支援センターに行って、介護申請の相談をし、そのまま申請代行を頼んできた。

 相手してくれたのは「管理者 主任介護支援専門員」のAさん。

 前回相談に乗ってくれた人は昨日は不在だったので。

 介護申請をしたことを今日Oクリニックに電話したが、しばらくして看護師長さんから電話があり、骨折で申請するなら整形外科の先生に書いてもらうのがいいという。

 骨折は申請のきっかけというか、方便でおまけみたいなもの。

 中心は物忘れや道迷い、金銭管理など以前できたことができなくなっていることのほうで、だから普段診てもらっているO医師がいいと思ってとは伝えたが、何かいやがる理由があるのだろうか。

 骨折していなくても申請しているのに。

 看護師長のKさんから地域包括支援センターのAさんに問い合わせの電話をするような感じだった。

第32回 認知症介護 母が転んで肩を骨折した その1

 認知症の検査に母を初めて連れて行ったのが2012年2月でした。

 それから1年後の2013年2月に母は転んで肩を骨折してしまいました。

 その頃は、母もまだ自分一人ででかけることができました。

 元々歩くのが苦ではない性質で、かなり遠くでも歩いていく人でした。

 70歳を過ぎて、家族で吉野山に桜を見に行ったときにも、かなりの山道を平気で歩いていたものでした。

 その日、母は歩いて駅まで行こうとしたようでした。

 その駅までは5kmほどあり、普通はバスやタクシーで行く距離です。

 大通りを歩いて行ったようですが、途中で道が分からなくなり、道を間違ってしまいました。

 それで焦りもあったのかもしれません。

 あるドラッグストアの駐車場で転んでしまったのです。

 その日のメモです。

2013年2月○日

・母が転んだ。

 左肩を打撲していて腫れている。

 明日病院に連れていく。

 明日、N市に「○○殿」という納骨堂を兄と三人で見に行く予定にしていた。

 そのために化粧品を買っておこうとM駅近くの化粧品屋に行こうとしたようだ。

 転んだのは○○書店の近くのドラッグストアの駐車場。

 転んだ母が起き上がれなくなっていたので、近くにいた人が手助けしてくれて、私の妻にケータイで電話し、妻が車で迎えに行った。

 駅に行くのに曲がる場所を間違えたのか、どうしてその場所にいたのかよく分からない。

 化粧品屋に行けたのかどうかも母の話からははっきりしない。

 母は、化粧品屋に行ったけど休みで買えずに、バスが来なかったから歩いて帰ってきた、と言っているようだが。

 タクシーを呼ぼうとしたがつながらなくて、とも言っていたらしい。

 これも以前にも言っていたことがあるが、ケータイでタクシーを呼ぶのもできなくなっていると思う。

 ケータイの履歴を使うことはできず、ケータイの電話帳を開く。

 最初に名前が出てくる「S代」「一郎」はいいが、タクシー会社は下にスクロールしないと名前が出て来ないから。(これはどうやら違った。画面に名前は出しても、その後発信のためのボタン押しをしていなかったようだ。)